

さて、今までの話を受けて「ビジネス」においての抽象と具体について話していくで。
一番のポイントは「正解の有無」になるんやけども、これは学生と社会人の違いにも直結するんよ。

学生で言うと「試験」は正解があるけども、社会人における「仕事」には正解がないと言うことかな?
「偏差値の高い人が、仕事が出来るわけではない」みたいな論調の、答えのように思えるなぁ。

そうやな。
しかも、その社会人の世界でも一つのデバイスの出現で大きな変化が産まれたんよな。

デバイス?
スマホ?

そうなんよ。
スマホの出現によって、人の「具体的価値」が大きく減ったんよな。

知識を持っていなくても、スマホで今はある程度のことは調べられるからなぁ…。
困ったらググる習慣が、今や当たり前だし。

それに加えて生成AIの出現で、人の「抽象的価値」までも低下しているんよ。

どういうこと?

多少わかりにくいことも、AIを介すことで自分にしっくりくる説明に具体化してくれるやろ?
そのプロセスを人がしないのであれば、当然ながら抽象化能力は落ちていくよな?

確かに…。
スマホとAIが、具体も抽象も補完しすぎているんだね…。

世界は確実にこれらがあることの前提で、動いていくことになるんよ。
どういうことになると思う?

知識の詰め込みでは、スマホに勝てるわけないよね…。
「具体」をメインに考えていると、ちょっと厳しいだろうなぁ…。

逆に「抽象」については、どう思う?

生成AIの進歩はあるけど、イマの様子ならまだ人間が戦えそうな気がするなぁ…。
結局「具体的な指示」があることが前提だから、こっちの「うまくやっておいて」って抽象的な指示では効果的なアウトプットは出ないよね。

「抽象」の評価は、正直人間でも明確にしにくいところはある。
具体的な数値目標とかがない分、評価者の感覚にも左右されるしな。

なるほどなぁ…。
でもこの「抽象化」については、ビジネスの世界で重要な立ち位置になりそうなのは間違いない気がする。

仕事においては「抽象的」から「具体的」に流れていくことが、ほぼ全ての事象に当てはまるんよ。
状況は異なるけど、抽象的だから〇とか✕という評価になることはおかしい話や。

仕事の最初のイメージ作りは、たくさんの人の方が良いのかな?
抽象的だからこそ、漠然としたイメージはたくさん出てきそうだけど?

それは諸刃やと思うから、理想は一人やと思うとるわ。
多数でやると、論点が散らかることが多いんよ。

論点?

特殊性とか部分最適を強調されたり、実現が難しいとか人の意見の数以上に検討事項が出てくると思うで?
0→1は優秀な人がアウトプットして、1→10を個別具体的に対応すべきやと思うわ。

抽象の性格上、作る人の都合に合わせられるんだよね?

「本質」のような言葉で、目に見えにくいけどシンプルで重要な事柄は抽象者の主観によるわな。
これは「幽霊」と同じで、見える人と見えない人の差が激しいんよ。

説明がしにくいけど、何となく「大事そう」と捉えられるのが「本質」なんだね…。

ただ、この「本質」のズレがコミュニケーションギャップに繋がるんよ。
特に具体派と抽象派の話がかみ合わないのは、理解できるやろ?

具体派の人は「例外」を詰める傾向にある気がすると、この話を聞きながら思ったよ。
抽象で切り捨てられた部分が、許せないんだろうね。

抽象派の人は「本質はそこじゃない」って思いながら反論するやろうけども、話しているステージが違うんやから噛み合うわけがないのよ。
人の特徴として他人は「抽象化して一般化」をしがちやけど、自分は「具体化して特別化」するからな。

ルールを決める人が「抽象的」なのに対して、ルールを適用される当事者が「具体化」している風景が目に浮かぶな。
確かに階層の違う人同士の、コミュニケーションギャップは間違いないね。

これがより顕著なのは「上司と部下」になると思うわ。
自分はよく「リレーのバトン」に例えるけどな。

聞いたことある気がするなぁ…。
どんなのだっけ?

性向が部下と上司それぞれで「抽象が好き」なのか「具体が好き」なのかによって、バトンパスのズレが起こるんよ。
仕事の受け渡しという観点においては、これは結構な問題やで。

上司が「具体」で部下も「具体」だと、バトンパスはうまくいく気がするなぁ。
それは逆も然りで「抽象」同士でも相性がいいよね。

具体同士だと「面倒見がいい上司」みたいな見え方になるやろうし、抽象同士だと「依頼が上手い」とか「自由度が高い」みたいな評価になるやろ。
これは相性の問題で、どちらにも優劣はないと思うたらえぇな。

上司が「抽象」で部下が「具体」だと、仕事が渡せてない…よね?
逆に上司が「具体」で部下が「抽象」だと、上司が追い抜いて仕事しているんじゃない?

これが、大きなトラブルのもとになるんよな。
バトンが渡らないと「丸投げされた」とか「サポートがない」になるし、上司が追い抜くようなら「細かすぎてウザい」となることが明確や。

繰り返しになるけど「優劣」ではなくて、相性の問題なんだよね?

そうなんよ。
上司も「自分が正しい」とか「過去にうまくいっていたのに」と思いがちやけども、このリレー図を意識して欲しいわな。

色々と話を聞いてきたけど、事前の情報があったから最後のは特にしっくりきたなぁ。
このニュアンスは、多くの人に考えて欲しいね。

結局、仕事が出来るかどうかに活きないと意味ないからな。
理論と実践も含めて、今回の話を整理しといてくれな。

わかったよ。
ありがとう。



